川口 博正
私は陸上競技に携わっているので『乳酸が溜まってケツ割れをした』とか『乳酸が溜まって動けない』などという言葉をよく耳にするし、私自身も口にします。
それはまさに乳酸を疲労物質の悪者として捉えた発言ですが、そんな悪者の乳酸を違った角度から、少しはいいところもあるだろうという観点でまとめてみました。
乳酸???
乳酸はなぜ「乳酸」と呼ぶのでしょう?
それは放置しておいたりして悪くなった牛乳に溜まった酸からその名前が由来しています。
その酸を出しているのは乳酸菌ですが、乳酸菌にはミトコンドリアが存在いていないので糖を分解して乳酸を作りATPを作るしかないので「乳酸」菌なのです。
人の身体にも細菌と同じように、生きている限り乳酸を作り続けている器官があります。
それは赤血球です。赤血球の働きは酸素を肺から全身に運ぶことですが、自分はその酸素を全く使わず乳酸を作り続けているという面白い器官なのです。
使える!?
乳酸は体内でどのように代謝され無くなるのでしょう?
これまで乳酸は無酸素エネルギー機構によって糖から作られた老廃物で、運動中は代謝されず運動後に肝臓で糖に戻されるとよく言われてきました。
しかし乳酸は運動中でも運動後でも使われています。
もちろん糖にも戻りますが、多くが二酸化炭素(CO2まで分解され使われています。
乳酸が運動中にも使われていることを示す一つの方法として、目印をつけた乳酸を体内に戻し、どこでどのように代謝されたかを調べる実験があります。
そこで目印をつけた乳酸をラットに投与した実験では、運動後に乳酸を投与した場合多くがCO2となり呼気中に含まれていて、また運動中に投与した場合には更に多くがCO2として呼気中に含まれていました。
つまり多くの乳酸は運動中や運動後に酸化されCO2となり、それは乳酸が酸化され完全に使われたということなのです。
以前から言われていた乳酸が肝臓で糖に戻されるという過程においても、そのエネルギー源として乳酸の5分の1を酸化させると言われていたにも関わらず、糖に戻されることばかりに焦点が当てられていて、酸化されているという事は意識されていませんでした。
では実際どのような経路をたどって乳酸は酸化されるのでしょう?
乳酸が代謝されるにはまずピルビン酸に戻されます。
ここで乳酸をピルビン酸に戻す働きをするのは乳酸脱水素酵素(LDH)という酵素によります。
この酵素はピルビン酸から乳酸を作る反応も司るのですが、同じ酵素でも乳酸を作る反応に向いているものと、乳酸をピルビン酸にする反応に向いているものがあります。
前者は骨格筋の速筋線維に多くM型LDHと呼び、後者は遅筋や心筋に多くH型LDHと呼びます。
乳酸の代謝に関係するのはH型LDHで、H型LDHの多い遅筋や心筋にはミトコンドリアが多く、またH型LDHはミトコンドリアに接触して存在するので、H型LDHの働きで乳酸がピルビン酸に戻されれば、すぐにミトコンドリアに取り込まれ酸化される訳です。
以上のことをまとめると、乳酸は速筋で作られ遅筋や心筋でピルビン酸から完全につかわれている事になります。
言い換えると、乳酸が作られるということは速筋から、遅筋や心筋に乳酸という形でミトコンドリアへエネルギー供給していると言えます。
おわりに
今回は乳酸という難しいテーマを代謝に的を絞って、簡単にまとめてみましたが、まだまだ解明されていない面やあいまいな面が多いことがわかりました。
乳酸を完璧に理解できたらトレーニングプログラムの立てかたも変わってくるでしょう。
参考図書
八田秀雄 『乳酸』 ブックハウスHD